解って欲しい。
何が何でも。
あんただけには、理解されたい。
この思考も、この想いも。
伝えたい想いは、大き過ぎたとしても、
あんたには、それを受け止める器がある。
そう信じて止まない俺に、
あんたは笑って言うんだ。
いつも、いつだって。
深呼吸
「あんた、こんなところで何やってんだ」
依頼受付所の外。依頼された任務を終えて報告書を出して、受付所を出た直後だった。
今まで一緒に居たはずの担当上忍がいなくなっていることに気付いて奴がいそうなところへざっと目を走らせてみれば、窓から身を乗り出して何事かやっている背中を見つけた。
思わず口を突いて出た言葉を、その上忍に向ける。解散はかけられたから、帰宅するなり、修業するなり…残りの時間は自由にして良い。それなのに、何の用も無い筈のあんたがまだこんなところに居座っているから。
知りたかったんだ。あんたが何をしているのか。
特に意味はなくて、それでも重要なことだった。
「息、してるの」
カカシは至極当たり前のことのように、こちらを見ずに面倒臭そうに答えた。顔は、窓の縁が邪魔していて見えない。その代わり、風でなびく銀が日光を反射して、眩しい。
「…あんた、俺を馬鹿にしてんのか?」
いい年して、そんな子供だましみたいなこと言うな。少なからず、自分が馬鹿にされたみたいで腹が立つ。
「だって、何かしてるように見える?」
少し動いて、カカシの顔が見える位置まで移動する。するとカカシは、それに気付いてか気付かないでか、少しこちらを向いて、横顔で笑ってみせた。
そして再び前を向いたカカシは、現に窓に手を掛けて身を乗り出して、空を眺めているだけだった。
「それにしたって、言い方ってもんがあるだろ、言い方が…」
ぶつぶつ文句を言ったところで、この上忍は全く悪びれない。やはりこちらを見ないで、「うん、そうだね」だなんて。無関心にも程がある。
あの横顔で終わりだなんて、卑怯だ。
「カカシ…」
「なぁに?」
「こっち向いてくれよ」
知ってるくせに。
卑怯だ、あんたは。
「今ね、俺は大事なことしてるの」
カカシはそう言って、後ろ向きでひらひらと手を振った。まるで「邪魔だ」とでも言いたげに。
「俺と話すことより、息して、空を眺めることのが大切だとでも言いたいのか?」
言ってから、無性に切なくなってしまった。怒りも、虚しさも、悲しみさえ沸き起こらなかった。唯、切なかった。
「…そういうことが大切な時もあるよ」
そう言って、カカシはもうこちらへの意識を無くしてしまった。俺はこちらを振り向かせることも出来ず、放心状態で廊下を進んだ。曲がり角で一度だけカカシを振り返ったけれど、やっぱりカカシはこちらを見ておらず、窓の縁で、もう顔は見えなくなっていた。
俺が一大決心で告白した、ちょうど一週間前の話だ。
こんな風に配われて、どうして自分の想いを伝える気になったのか解らない。
玉砕覚悟でもなくて、自信はあった。その自信がどこから来るのか、本当に報われるのか、あの時の俺は何も解らなかった。唯がむしゃらで、必死で、理解されたかった。
「…カカシ」
「え?」
そして今、こうしてカカシを目の前にして考え込んでいるわけだけれど。
「な…何、サスケくん」
珍しく真剣な俺に対してどぎまぎしまがら答えるカカシに、昔とは明らかに違うものを感じる。
あの時から、3年の月日が流れた。
机越しに見た、相変わらず色違いのカカシの目に自分を確認して、少し安心する。
「あの時から、随分と経ったけど。やっぱりまだ、俺と話すよりも、何だ・・・空気とか、空の方が大切か?」
自分もどぎまぎしながら、やっとの思いで言いたいことを伝えた。
これを聞くまでに、一体どのくらい悩んだのだろう。
「え・・・何・・・・・・あの・・・まだ7班でやってた頃の?」
暫く考えた後、カカシは眉をしかめながら確認した。
「そう、任務が終わって。俺があんたに『好きだ』って言った、ちょうど一週間前の話」
言いながら、正直驚いていた。カカシが覚えてるわけがないと思っていたから。
あんなに忘れっぽいカカシが覚えている、ってことは、少なからず重要なことだと、勝手に決めた。
「嫌だ、サスケ。まだあんなの気にしてんの?」
でもカカシは至って平静で、何でもないことのように言う。
逆に、俺が気にしていたことに対して驚いていた。
「俺は・・・あれ言われてすげぇショックで・・・一瞬、嫌われたのかと思った」
本気で悩んだ。告白していいものかどうか。結局、今の状態があるのだけれど。
「でも、嫌ってなかったでしょ?」
それは、一週間後の会話で立証済みだ。
あのカカシが、好き好んで嫌いな奴と付き合う筈がない。
「それはそうだけど・・・」
「男がうじうじ言わないの」
そう言って、カカシは俺の鼻を指で弾いた。
「じゃあ、本当のところはどうなんだよ。今は?俺と呼吸とどっちが大事?」
我ながら女々しいとは思った。
普段なら、絶対こんなこと言わねえ。もう二度と言わねえ・・・。
そう誓って、カカシの目を、真っ直ぐ睨む。
「息は重要」
即答されて、正直、へこんだ。地にのめり込むくらいに。
やっぱりまだ俺の気持ちは、あんたの器には収まり切らないのか。
思わず下げた頭に、カカシの視線を感じる。居心地が悪い。
「そりゃ、そうだよな。空気と張り合うとか、俺、本気で馬鹿みてぇ」
苦し紛れで発した言葉に自分で嘲笑して、涙まで滲んでくるのが解った。
苦しい。
俺の感情が理解されない事実に、想いが伝わらない絶望感に。
どうしても頭が上げられない。
カカシを見ることが出来ない。
「悪い、ちょっと出てくる・・・」
そう言って、立ち上がることしか出来なかった。
もう、ここにいたくなかった。
「サスケ、ちょっ・・どこ行くの?まだ話終わってない」
そんな俺を、カカシの声が呼び止める。
「え?」
改めて見た青い目は真剣で、俺はその目に、再び椅子へと引き戻された。
「あのね、ちゃんと言っておけば良かった。ごめん」
そう切り出して、カカシは話し始めた。
「あの時、薄々、本当に薄々だけど、サスケに告白される予感がしてて、それで、考え事してたから、正直、サスケが探しに来たときはびっくりしたんだよ」
カカシは自分の指を弄びながら、ゆっくりと、言葉を紡ぎ出していく。
「考え事すると熱中しちゃって、何も考えられなくなっちゃって・・・探しに来たのがサスケだってことも忘れちゃったくらいだから、それは、本当にごめん。でもね、息が大事ってのは理由があって、凄く言いにくいんだけど・・・」
「何だよ」
今度は立場が逆転した。カカシは俯いて、まともに俺を見ようとしない。
「あのね・・・息するってことは、空気を吸うってことで・・・」
「うん」
「あの時、サスケと同じ空気吸ってるんだと思ったら、呼吸するのが凄く大切に思えてきて・・・あぁぁ・・・」
そこまで言って、カカシは頬を赤めると両手で顔を覆った。
さっきまで威勢良かったカカシが、あのカカシが!!
「やべぇ、あんた可愛すぎ・・・」
「うるさいよ・・・!!」
涙声で言われて、思わず笑ってしまった。
勘違いしていた自分を笑う気持ちと、単純に嬉しくて笑う気持ちとが交錯する。
「サスケと一緒に生きてる実感が欲しくて・・・」
「そんなもん、俺がここに居る限りいつだってあるだろ」
「そういう問題じゃないの、馬鹿!!〜・・・あぁ、もう!!どっか行け!!」
「はいはい」
そう言って立ち上がってカカシの背後に回った。
カカシは何も言わなかった。
代わりに、抱きしめる俺の腕をつかんで小さく呟いた。
「ちゃんと解ってよ・・・」
「俺のこともな」
解って欲しい。
何が何でも。
あんただけには、理解されたい。
この思考も、この想いも。
伝えたい想いは、大き過ぎたとしても、あんたには、それを受け止める器がある。
そう信じて止まない俺に、あんたは笑って言うんだ。
いつも、いつだって。
「とりあえず、深呼吸」
そして俺は、あんたと同じ空気を吸う。